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大田原の「かたくり」というお店をやっているご夫婦からお手紙をいただいた。先日「かたくり」に行って、おやきを食べたとき、川口由一さんの名前や福岡正信さんの名前が出た。「かたくり」の旦那様によると、そうそううまい調子にはいかないはずだ、絶対何かやってますよ、ということだった。それに対しては、川口さんの「(基本的に)草は刈ってその場に置く」という方法で対処できると思った。草が作物を蔽ってしまわないように、作物に日光と風が当たるように、草は刈るわけですが、というようなことを言った。
いただいたお手紙に、本のコピーが同封されていた。
警戒心が生じた。
西尾道徳という人が書いた記事だが、ことによると言論として非常に犯罪的な文章であるかもしれない。コピーの一部を以下に引用する。
一方の極として、ご存知の福岡正信さんの「自然農法」があります。この「福岡自然農法」は科学的な妥当性をもっているのでしょうか。といいますのは、福岡自然農法には四大原則というのがあって、不耕起・無肥料・無農薬・無除草を原則にしています。(略)
玄米の収量はヘクタール当たり五・八トンから一二トン。ハダカムギが五・九トンから六・五トン。こんなにたくさん穫れると、福岡さんの本に書かれています。それで養分収支が成立しているのかが、大変疑問になります。(略)
疑問に思っていましたところ、福岡さんの「自然農法」(時事通信社、一九七六)という本の中に、石灰窒素、つまりカルシウムシアナミドをヘクタール当たり窒素で一七六キロも入れているとか、雑草防除やクローバを枯らすために除草剤のDCPAやシアン化ナトリウムを使うと書いてあるのに気づきました。特に転換初期の一番むずかしいときに、化学肥料や化学農薬を使っているのなら、正しい意味での有機農業といえないだろうと思います。
この文章が、犯罪的になるかならないかは、「転換初期」という言葉が妥当であるかないかによります。「転換初期」にそれをやっていたのであれば、引用した西尾さんの文の言う通りになります。つまり、福岡さんがこうすればこうなるとわかっていて、近代科学的な方法をとったのかどうかです。
今日、福岡さんの「自然農」(時事通信社)を古本で注文しましたので、それを読んでからもう一度書こうと思っていますが、現在の私の推測では、案外「こうすればこうなる」などわからないままに福岡さんは「発見」したのではないかと思っています。
刈った草などかためて積んでおけば、その下には一年くらいでほかほかのいい土ができるというような経験則で導き出したのが「自然農法」だったのではないのか、と。
「石灰窒素、つまりカルシウムシアナミドをヘクタール当たり窒素で一七六キロも入れているとか、雑草防除やクローバを枯らすために除草剤のDCPAやシアン化ナトリウムを使うと書いてある」
そう書いてあったとして、それが福岡さんが自分の方法を「自然農法」と認識する前のことなのか、その後なのかが肝心の問題になります。
近代主義者にとっては、これはそれほど問題にならないでしょう。しかし、ある事柄に関して、ある認識が成立した前のことか、その後のことかは厳密でなければいけない。古本で買った福岡さんの「自然農法」が早く届かないかと思っています。
福岡さんにケチをつけている西尾さんが、果たして本当に「道徳」であるかどうか。道徳をかたって、犯罪をやっている人間ではないかどうか。
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