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忘れないように

 投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 3月24日(月)02時51分19秒
  08/03/24

ムギ及び稲の脱穀を、ムギ及び稲を畑に立てたまま(刈らずに)収穫する方法はないかと考え、猫や犬にブラッシングしてやるようなブラシを作ればいいんじゃないかと思いついた。要するに、合板に釘をたくさん打ち、持ちやすいようにするだけだが。これで収穫し、収穫が終わったら、刈り払い機で根元あたりから刈り払うだけで、藁や麦藁を畑に振りまくことができるはずだ。
 

村田君

 投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 3月24日(月)02時39分38秒
  ここ数日の間に書いたもので、冊子に収録するのがいいものがあったら、抜き出して三校用テキストに追加して下さい。  

日録 08/03/23

 投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 3月24日(月)00時54分51秒
編集済
   起きてから、飯ができるまでの間、数本の木の枝を片づける。直径5センチほどのもので、太いところをチェーンソーで切ってから、細めの枝をナタで切る。細かい枝や葉は先日ナタでおろして、軽トラックに積んでおいたら、妻が畑のクルミの木の下に放置しに行った。
 クルミの木の下には、細かい枝、大型の草など手に入る有機物をどんどん積み上げてある。堆肥を作るように切り返すことなどする気はない。今後は、河原にある葦の枯れたもの、大水で流されてきた葦の細かい枝なども集めてきてどんどん積み上げていく予定である。業者が国土交通省から委託されて刈った土手草は、最近は集めて河原で燃やすこともやらず、刈ったまま放置してあるところが多い。刈って放置された草の下は、土が軟らかくなるから、土手を弱くするはずである。去年、戸倉の白鳥園の近くの土手が大水に掘られて消防の人たちが大勢出ていたが、もしかしたら土手草を刈ったまま放置した場所ではないかと思ったことがある。昔は牛や山羊を土手で遊ばせていたので、草はいつも短くて土手も強靱だったろうが、刈った草を放置する今のやり方では、土手は絶対に弱くなるだろう。住民の財産がかかっていることなのだが、考えの浅い土建屋が草刈りの仕事を受けているのでどうしようもない。
 土手草も、チッッパーで切るもの以外にもどんどん集めてくるべきである。雑草の種が混じることなど気にすることはない。草生栽培をやるのに雑草の種など怖がる必要はまるでない。
 こうして手に入る有機物(木や草)をクルミの木の下にどんどん積み上げていけば、何年かすれば、下部は黒い土になる。この土を種まきの用土に使う予定である。要するに単に放置しておいて、種まき用土を手に入れようというだけのずぼらな計画である。いい黒い土が手に入るまで生きていられるかどうかは知ったことではない。
 飯の後、長ナスの種蒔き。15鉢程度。放置されていた3寸角を強化ガラスの寸法に切り、長方形にしたものをハウスの中に置き、その上に強化ガラスをかぶせた。三寸角も釘止めなどなく、ただ横倒しに置いただけ。その中に、長なすの種蒔きしたポットを、すでに蒔いてあるものの横に追加して並べた。ハウスの中であるし、今年は外気温も高いので、三寸角の上部に2センチ厚程度の木をはさんで、ガラスが三寸角に密着しないようにして通気をはかってある。

 1時半からさらしなの里歴史博物館で、西江雅之さんの食や文化をめぐる講演会。妻、娘、孫と行ったが、孫は講演開始5分で飽き、娘が講演を聴くのをあきらめて、外で一緒に遊んだ。内容は面白いが、口調がやわらかく、しかも早口ぎみなので眠くなる。実際に妻は講演の3分の2の時間を寝ていた。食の安全ということでは、日本人はもう(毒を食う)覚悟をするしかないという言葉が印象的だった。文化人類学者が食を語れば、現代の日本はそうとしかいいようがないということなのだろう。日本の大手企業が販売している中国のウーロン茶はひどい農薬漬けであるとの話もあった。西江さんはサントリーなどの名前は出さなかったが、私はすぐにサントリーだろうと思った。

 4時過ぎ、畑へ。クルミの木の枝を切ったものを片付ける。薪になるものはストーブ用の大きさに切り、細いものはナタで細かめにして、クルミの木の下の有機物の山裾に放り投げる。その後、畑の中を歩き回り、強情なシバ草の地上部と根を切り離す。その間、今年一年で、畑のどの部分をどうするかを考える。

 それにしても、日本の百姓は、固定観念に縛られてしまっているとしか思えないことが一つある。つまり、畑に草があってはならないという固定観念である。私も長いことそこから抜けられなかった。
 もう20数年前のことだが、世界救世教の信者の人が農場を見に行かないかと誘ってくれたことがあった。信者になるつもりはなかったし、今も信者ではないが、この農場を見たことは一つの転機になった。宗教がらみであろうとなかろうと、農法そのものを見るのには何の偏見も持たなかった。なるほどと思ったのは、河原の葦を土の上に敷き詰めて、土が裸にならないようになっていたことだった。それを草によって草を制する方法だと私はとらえた。刈った草を5センチ程度に敷き詰めてしまえば草は生えなくなる。生えても土を裸にしておくよりはるかにずっと少なくなる。この方法で、野菜などの作物を作らず、草を畑に敷くということだけを結構長いこと続けてきた。人から見れば、ただ無駄なことをやっていると見えただろうが、自宅自作をやっていたので、草が草を制するということだけでも充分に価値があった。
 自宅自作も急がなくてもいい程度になって、少し余計に畑に手を入れられるようになった頃、川口由一さんの本を読んで、目から鱗が落ちるような気がした。世界救世教のやり方を真似した段階では、草は邪魔者だった。草がなるべく生えないようにした上で、生えたら抜き取るということをやってきたが、これは草を邪魔者扱いしてきたからである。川口さんは草を邪魔者扱いしない。
 今後も大型の草や草のチップを敷き詰めるということは続けるつもりだが、川口さんの本を読んでから、草を抜き取るなどということはしなくていいのだと確信するようになった。作物より草の背丈が高くなれば、作物に陽が当たらなくなったり、風通しが悪くなったりするから、草は半分程度に(あるいは根元から)鎌で刈ってその場に置いておく。
 大した違いはないと思われるかもしれないが、草は抜かなくていいという考えは、非常に気持ちを楽にしてくれる。後で刈ればいい。もう少し繁ってから刈ればいいなどと思うようになった。それが川口さんの方法から私が受けた最大の恩である。大した違いはないどころではない。気持ちに余裕ができる。気持ちの持ち方がまるで違う。
 春先、強情なシバ類などは地上部と根の境を切り(根が1センチくらいついてくるように土の中のごく浅いところを切り)、枯らすということをするものもあるが、大きな株にならないような草は放置しておき、あまり繁るようならたまに地上部を鎌で刈り払えばいい。最初に大型の草(葦、萱等)で覆ってあるから、その程度で充分に草は制御できる。
 世界救世教のやり方と川口由一さんの方法を組み合わせるだけで、日本中の荒れ果てた畑や田はすべて優良農地になる。長年放置されて木など生えてしまった畑や田はすべて蘇らせることができる。世界救世教や川口さんに先駆けた人として、福岡正信さんが位置づけられるが、この三者が、今後の日本の小型農が生きられる道をつけた。まだ人々はそれに気づいていない。炎天下で老婆が草を一本ずつ抜いている姿などを見ると、気の毒でたまらない気持ちになるが、車を降りてそんなことはする必要がないんだと言えば、えらい剣幕で怒られるに決まっている。車の窓から見るだけで通り過ぎることが多い。切なくてたまらなくなるときがある。
 荒れ果てた(と見える)畑は、まず木や大型の草を切り倒す。木はナタで枝を払い、太い枝から細い枝まで土に接して横たわっている状態にすれば、幹以外は畑から持ち出す必要はない。場所に余裕があり、他に用途がないようなら、太い幹も邪魔にならないところに横倒しにしておけばもっとよい。いずれは畑の土になる。その後、河原などから大型の草を刈ってきて、畑全面に敷き詰める。通路を決める際に、畝幅も決まる。水はけのよくない田畑なら、通路の土を掘り畝にあげるという作業が生じるが、私がやってきた畑は河原に近く、砂地であるから水はけはよく、土を掘りあげることもやっていない。大型の草を敷き詰めたら、その上からモミガラを撒けばもっといい。一部試してみたところがあるが、大型の草の茎の間にモミガラが入るから、余計に草が生えにくくなる。これは、しばらく作物など作らず、土をよくするだけのために土を有機物で覆っておくところにやるのに最適な方法である。
 作物を作るところを、大型の草で覆ってしまえば種まきなどやりにくくて仕方がないので、ものを植える予定があるところだけはチッパーで切った草を撒く。特に土が露出しているところに、草のチップで服を着せてやるようなつもりで撒く。藁のチップならこなれるのが早いから、その上に芝草や葦や萱のチップを撒けばもっといいだろうが、そこまでていねいにやっている余裕はない。今は草のチップを使っているだけだ。

 手が回れば今後、荒れた畑を直す面積を増やそうとは思っているが、しばらくは大型の草を畑に5センチ程度に敷いて草を制御し、それでも生えてきた草は鎌で刈ってその場に(刈った草の株の上に)かぶせておくだけでいい。
 新しく始める場合は、5年10年放置されて草ぼうぼうになった畑が借りたい畑である。農薬や化学肥料が抜けていい土になっているはずだ。今後少しずつ、畑を増やしていくつもりがあるが、とにかくゆっくりやろうと思っているので、どれだ増やせるものかわからない。英語と両立が考えるべき点である。
 しかしやはり、野菜を作るより、壌土を作ることが好きなのである。何も植えてなくても、壌土ができてくるとうれしい。
 この方法で土を裸にしないで、絶えず草で覆っておくようにすれば、日本中の荒れた畑や田の保全に絶対に役立つはずである。同じことを始めてくれる人が増えてくれないものかと思う。
 なにはともあれ、草を抜いたり、除草剤を使ったりして、畑を砂漠状態にしてしまうより、畑を草ぼうぼうにしておく方が日本の農土を守っているのだとは、ほとんどの人が気づいていない。

 今年も畑を眺めて、今後どうするかを考える。
 長く草を置いてきたところは、強情なシバ類の地上部と根を切り離すことをする程度で、春先に手に入る河原の枯れ草をチップにして敷く。チップにしておけば、種蒔きのときもチップをどかすだけで種が蒔ける。まだ面積はわずかだが、ようやく毎年野菜を作る分ができたと考えていいだろう。
 新しく借りた畑は、まず大型の草を敷き、もみがらを撒いて目つぶしをし、その上からヌカを振りまいておけば、草やもみがらがこなれて土になるのが早まるのではないかと思う。ヌカを撒いたところは、チップにした草で覆っておけばさらにいいだろう。去年の秋に借りたところは、長年放置されていたせいで、枯れ草でぼうぼうとしているが、土は柔らかい。ぼうぼうとしているものを横倒しにし、もう一年保全するかトウモロコシ程度のものを植えておけば、充分畑になるはずだ。
 おやじが花を作ってきたところは、去年一年で草ぼうぼうになった。ここは耕耘などしてきたせいでまだ土が硬い。今年からそこを耕作するのをやめるとおやじが言うので、自分でやることになったが、今は冬の間に枯れた細い草が一面に畑に倒れ、全面を覆っている。畑に草を生やさないで砂漠状態にするのがいいことだと思っている人が見たら絶望的になるだろうが、川口さんの考えを知ってからあせる気はまるで生じない。ここへは植えるところの周囲だけ草を払って、さつまいもを植えればいいと思っている。おそらくサツマイモの葉が畑全面を覆い、草に勝つだろうと思う。なにごともやってみなければわからないが、ひとまずはそんなもくろみでいる。

 夕飯後、カボチャのタネ5つ、東京5角というオクラのタネ5つポットに蒔く。
 

坂城古雛まつり

 投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 3月22日(土)03時42分49秒
  応援しています。  

「信州の産地のみえる牛乳」の産地はなかなか見えない

 投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 3月22日(土)03時33分59秒
編集済
   夜中にお茶が飲みたくなって台所に行ったら、「信州の産地のみえる牛乳」という銘柄の牛乳の空きパックがあった。
 パックの文字を読んでみたが、どこにも産地など印刷されていない。それでなんで「産地のみえる牛乳」なんだ?と思った。
 製造所所在地と製造者は印刷されている。

製造所所在地 長野県松本市梓川3862番地1
製造者 信州ミルクランド株式会社 あづみ野工場

お客様相談口は、長野県農協直販株式会社お客様センター
0120−762−270

 「産地がみえる」というのだから、どこかにもしかして印刷されているのかと、目を皿にして読んでみたが、やはりどこにも産地の印刷文字はない。「製品の生乳産地と製造工場のご案内」というところに、ホームページのアドレスは印刷されている。この牛乳を買った場合、ホームページのアドレスをパソコンで入力して、産地を調べろということらしい。

 まだ調べてないが、多分、産地は複数並んでいるのだろうと思われる。それぞれの産地はそれぞれの牛の育て方をしており、それぞれ乳の質は違っているはずである。「産地が見える」と言うのであれば、それぞれの産地の乳を1パックずつパックしているというのだろうか。これも多分の話だが、長野県内あちこちで絞られた乳を、製造工場では混ぜてしまうに違いない。どこでもそうやっているはずだ。それなら、本当は品質の違う乳を混ぜてしまうわけである。
 それで「産地が見える」などという言葉を使うのである。「産地」など見えるわけがない。どこの農場の乳が何パーセントずつ含まれていると明示するなら、混ぜられた乳の「産地」はわかる。そうでなければ「産地」はわからないわけだから、「産地がみえる牛乳」という言葉は人だましである。

 みんな混ぜて製品を作っているのであれば、そのこと自体は、明治や雪印がやっていることと変わらない。それでなんで、「産地がみえる」なんだ、というのが今夜の疑問である。

 以上を書いたことを、信州ミルクランドにハガキで知らせ、返答を待つことにする。
 

鋳物師屋区民総会に出席して

 投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 3月20日(木)15時43分44秒
編集済
   2008年3月18日、初めて、鋳物師屋区の区民総会に出席した。議長は協議会議長の滝沢博さんが務めた。いずれ議事録ができるはずだから、議事録ができてからそれを見て書きたいが、ひとまず印象記程度のものを書いておくことにする。
 450軒以上もある区だが、50数人程度の出席者しかない。半分以上は役員の人たちなのかもしれない。
 おそらくどこの区でもやっているように、開会の言葉とか区長挨拶とか事業報告、会計報告などが行われ、4号議案で「ゴミ処理場建設について 区長提案説明」があった。
 ゴミ処理場というのは、長野広域連合が策定した「ごみ焼却炉・灰溶融炉」のことである。これについて、市内9箇所の説明会が終わり、現在は、市内全区に対して建設地の公募が行われている。
 結果から言うと、4号議案に関して、鋳物師屋は公募に応じないという結論になったが、この結論を導くのに、挙手や投票など数字が残るような方法はまるで採られなかった。2ヘクタールという広さが確保できないという説明が区長からあり、「絶対に反対だ」という声が総会に参加している一人の人から発せられ、議長が「じゃあそれでよろしいですか」と言い、決まったのである。あうんの呼吸みたいなもんで決まっていくのである。
 市が区に要請しているのは、「公募に応じるか応じないか」の返事であるが、「絶対に反対だ」というのは、市が区に要請している返事の仕方をはみ出している可能性がある。市が要請しているのは、「応募する」とか「応募しない」という返事だけだが、「絶対に反対だ」というのは、鋳物師屋が応募することに反対だという声だとも、建設計画そのものに反対だという声だとも受け取れる。議長はその辺の話の筋を腑分けすることはなく、「じゃあそれでよろしいですか」と言い、応募するという声がないことで「応募しない」と決めたのである。
 この決議結果自体に私は何の異存もない。鋳物師屋が市の公募に応じることに私は反対だから、結果には何の文句もない。問題はその結果になるまでの方法にある。なぜ挙手や投票などの方法をとらないのか。どれほどの手間でもないはずなのに、なぜそれを避けるのか。
 このやり方は、「絶対に反対だ」という声がはらんでいる「はみ出している可能性」をつぶすやり方である。

 その後の議事の進め方でさらにそれがはっきりした。
 今年の鋳物師屋区の区民総会は、有力者の声や声のでかい人の声で議決してしまうところだということがはっきりわかったのである。この議決方法だと、「ものの言いにくい人やものを言うのが苦手な人」の声はどこにも反映されることがない。総会に人が出てこないのも、当然である。総会に人が出てこないことの本当の原因は、おそらく例年の議事の進め方にある。
 議題が「その他」に移ってまもなく、私は「鋳物師屋およびその隣接地区へのごみ焼却炉・灰溶融炉の建設について賛否を問う無記名直接投票」をやってほしいこと。それを皆さんで話し合っていただきたいと発言した。
 高橋区長が、市に返答する書類に「付帯事項として書くことはやぶさかではない」と言われた。それに対し、男の人が「一人の人が言ったことで、そんなことを付帯事項にしてしまうのか」という声があった。この人は、やたらにいらいらし、でかい声を出した。
 問題は、無記名直接投票をやるのがいいのかどうかにあるのだが、「付帯事項」に書くか書かないかの問題になってしまっている。付帯事項として書くも書かないも、「ものを言いにくい人やものを言うのが苦手な人」の声が形になってからの話であるはずだ。きちんと議決されてからの話である。議長はその辺の腑分けをまるでやらない。やらないばかりでなく、「直接投票」の話はなかったかのように扱ったのである。「他に何かありませんか」という議長の声に手を挙げた人が、「高橋区長が出してきた『鋳物師屋だより』はいいものだから、今後も発行してもらいたい」と言った。その件は「直接投票」をどうするかの件が片づいてからにして欲しいと、議長から一言あるべきであるが、議長によってまったく逆のことが行われ、直接投票の件は水子として流され、議題は『鋳物師屋だより』になったのである。
 市川理前区長も、(いきなり付帯事項に書く書かないではなく)「みんなにはかってくれ」と発言されたが、その声も議長によって水子とされ水に流された。「はかってくれ」という声があれば、はかるのが当然であるのに、流してしまうのである。
 こんなふうに流してしまうのであれば、書いておく必要がある。

 話が別の話になっているので、私は再度「直接投票をやるのがいいのかどうか、皆さんにはかってもらいたい」と提議した。今度は、次期区長の寺沢喜孝さんがやたらに話した。「皆さんにはかってくれ」と言っているのに、次期区長がやたらにしゃべるのもわからない。何のための総会なのか。区民総会とは名ばかりだというのは出席率を見れば一目瞭然だが、実質はもっとひどく、集まった人たちが次期区長の言葉を受け取る会になっている。録音してないので、言葉通りではないが、次期区長が言うには、「鋳物師屋は気持ちのまとまったいい区である。そこに投票などという区民の気持ちを分けるようなものを持ち込む必要はない」ということだった。
 私はあくまでもその場に集まっている人たちになるべく発言してもらいたいと思っていたので、3度目を発言しないでいたが、寺沢喜孝次期区長に異を唱えるような発言は一つも出なかった。場の空気は次期区長が決めたままになった。つまり、投票はやらないということに、一回の挙手もないままに決まったのである。果たして、これは有効なんだろうか。
 以上が鋳物師屋区民総会の概要だが、投票するしないの話の途中で、宮坂ケイ子さんという人が言ったことは放置しておくわけにはいかない。この人は、私の配った文書にケチをつけた。「まるで明日にでもサリンがばらまかれるかのようなことが書いてあり、人をやたらに不安にする」というようなことをこの人は言った。「デマを流すな」とも言った。
 私が鋳物師屋の区民総会の前に村の中に配った文書に書いたのは、種々雑多なプラスチックごみに含まれる添加物が焼却によってどんな化学変化を起こすのかは「わかっていない」ということである。「わかっていない」ならば建設しないのが当然だということである。それを「デマ」呼ばわりするのであれば、宮坂ケイ子さんの言葉が「デマ」である。それとも、ごみ焼却炉・灰溶融炉の煙突から何が出るのか、宮坂ケイ子さんはわかっているとでもいうのか。宮田秀明摂南大学教授が、専門家にもわかっていないと言っていることを、宮坂ケイ子さんは知っているというのか。それがわかっていて、人の言葉を「デマ」だなどと言ったのか。
 鋳物師屋の区民総会のためにでなく、市内各所に配布した文書のことを言っているのであれば、例えば重金属の気化の危険性については、「山本節子『ごみを燃やす社会』」から引用したりはした。宮坂ケイ子さんは、例えば山本節子の言っていることに根拠がないことを証明できるのか。
 私は山本節子の本を読んでも、津川敬の本を読んでも、正体のわからないガスは出るでしょ、出ないはずがないでしょ、と思っているだけである。出ないはずがない。フィルターをつけようが何をしようが、正体のわからないガスは必ず出る。そう思うから、山本節子を引用するのである。宮坂ケイ子さんは、「デマ」だなどと言うのであれば、それが「デマ」だということを証明する義務がある。必ずやってもらうしかない。人の言うことを「デマ」よばわりして、ただそれでことが済むとでも思ったら大間違いである。

 宮坂市長について書いたことも宮坂ケイ子さんは問題にしていた。同姓だが、一族なんだろうか。一族ならお気の毒だが、宮坂博敏前市長が、市長としての判断を初めから放棄して、長野広域連合のいいなりをやったことはまったく事実である。住民になるべく知らせないようにし、重大な問題を内緒で進めてきたことも事実である。市長交際費一覧の何カ所も、黒くマジックで塗りつぶしてあるのも事実である。住民に積極的に知らせようとしないだけでなく、住民から本当の動きを隠そうとする坂口公治環境部長を野放しにしてきたことも事実である。にこにこしながら、千曲市を腐らせてきたことも事実である。

 ひとまず、以上のものを「住環境に文句のある人々のための掲示板」に掲載するが、区民総会を人まかせにしている新しい住民の方々にも読んでもらうつもりで、200部程度を印刷にかけようと予定している。

08/03/20
 

「大風呂敷」から転載

 投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 3月20日(木)12時26分31秒
  自然農法 福岡正信 時事通信社 昭和五十二年二版  投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 3月20日(木)12時11分5秒     編集済

    福岡正信さんという人の本を読んでいます。英語関係の人ではなく農業関係の人です。福岡さんは、「自然農法」を提唱した人ですが、この種の本を読むと、俺がやってきたことは、「自然農」や「自然農法」と根本が同じなんだなと思うことがよくあります。
 福岡さんが先に「自然農法」を提唱し、その後、川口由一さんという方が「自然農」を提唱しています。細部に違いはありますが、道教的な直感が日本の農を救い出そうとしている一点において、福岡さんが言うところも川口さんが言うところも違いはない。日本の近代が馬鹿にし、化学肥料まみれ農薬まみれ、ビニールまみれ石油まみれにしてしまった小さな農を深い悲しみでみつめてきた人たちです。
 学校や英会話学校がやってきたことは、大量の知識を生徒に押しつけ不消化を起こさせたり、「磁場」の本来の働きを無視し、個人(英語ネイティヴ)のスキルで目をくらませ、個人が「磁場」がやることと同等のこととができるかのように宣伝してきたことです。これは、化学肥料や農薬を多用し、土を駄目にしていく近代(科学的)農法と同じです。土そのものを見ていない。土は微細な鉱物だとして済ませて、科学肥料や農薬の方ばかり見てきたのです。
 福岡さんは、1グラムの畑の土についてでさえ人間は本当のことは知り得ないと考え、その不可知論であきらめるのではなく、土が悪くなるものを「取り除く」ことをやったのでした。おそらく、福岡さんは「土をつくる」という考えさえ否定するでしょう。人間には、土が悪くなるものを「取り除く」ことしかできない。「土をつくる」などという考えは不遜な考えであり、土は自分でよくなるのだと言うでしょう。その背後にあるのは、東洋的な「自然」のとらえ方です。机上の理屈から出たものではない。実際に田に立ち、畑に立ち、風を受け、雨に打たれて、「自然」と交わるところで、「自然」をとらえています。
 私の語学論も、土(生徒の消化力)がよくなることだけをねらってきたものです。その邪魔になるものを「取り除く」ことをしてきたものです。外的カリキュラム(文部科学省作成のカリキュラム)に従って知識(量)を与えることの否定、講義式(黒板式)授業の否定、英語ネイティヴの人を「磁場」といつわることの否定、その他、種々の否定は、すべて英語が根付くための土(生徒の消化力)をよくするために否定すべきものだから否定してきたのです。
 やはりこの背後にあるのは、人間の知の領域においてでさえ、「自然」から切れたものと「自然」につながっているものとがあるという考えかと思います。土(生徒の消化力)というものは、「自然」なものです。これは、消化力が消化力を強めるという具合に、「自然」によくなる性質のもので、親や教師が「作れる」などと考えること自体が不遜なことです。
 福岡さんも川口さんも、人間は米一粒だって「作る」ことはできないと見事に言っています。米は米で生きていくのであり、生きていくことの邪魔をしないことしかできないと言っています。
 教師や親が、思考力や想像力や消化力を作ることができるわけがない。思考力が思考力を強めるのであり、想像力が想像力を強めるのであり、消化力が消化力を強めるのであり、それは、米一粒が生きているということと同じで、「自然」につながっている。「自然」の流転の一部だということです。
 今、教育が農薬まみれ、化学肥料まみれになっています。
 私が三十数年前に提唱した「素読」も、教育が子供たちに振り掛けている農薬や化学肥料を否定したものだったと言っていいかと思います。当時、私はそれを言葉にすることができませんでしたが・・・。

 蛇足。
 福岡さんのこの本は、農業技術者的用語が多く読みにくいので、「自然農法 わら一本の革命(春秋社)」の方をおすすめします。私もこちらを最初に読みました。
 

根石さん

 投稿者:村田  投稿日:2008年 3月19日(水)16時04分52秒
  昨日、建設地検討委員会議事録を請求に行きましたが、今現在でまだいろいろなところを回っているそうです。明日は祝日なので、入手できるのはあさって以降になりそうです。  

村井仁

 投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 3月18日(火)01時59分41秒
   産業廃棄物処理業者がごみ処理施設を作る時に、住民の同意書は必要ないという条例を成立させた村井仁長野県知事は、次は必ず落選させないと駄目だ。
 今から、村井がやったことを広く知らせていく必要がある。
 

日録 08/03/17

 投稿者:根石吉久  投稿日:2008年 3月18日(火)01時38分31秒
編集済
   起きてすぐ、教材づくりやる。30分ほどやって、庭に出る。飯ができるまでの飯前仕事だが、起きたのが昼頃なので、午後に飯前仕事をやっていることになる。庭木を切った枝があるので、それを片づける。鉈で枝を払い、チェーンソーで幹を切る。その後、声がかかったので飯。
 庭木の細い枝を払ったものを、多分40リットル用のエンジンオイルの空き缶で燃やす。生木の枝は熾がないと燃えないので、腐りかけたパレットから板をむしってきて、枯れ草に火をつけた上に置き、さらに生木の枝を置く。風があり、空き缶の下に石をはさんで風が下から入るようにしてやると、音をたてて生木が燃える。風で空き缶がひっくり返ることを心配するが、丸い缶は風をうまく逃がすらしく、ひっくり返ることはない。とにかく、火がある間は、その場にいる。
 颯馬、妻と畑へ。土の道をニセアカシアの林のところまで散歩。颯馬と先を競う。畑に帰りついて、妻はフキノトウを採りに颯馬と行く。一人で畑に残り、クヌギの木を切る。直径10センチほどのもの四本切る。これはおふくろが、千代が山から拾ってきたどんぐりを埋めて芽を出させたもの。一度は直径で30センチほどになったが、そこで切り倒したものが、再度芽吹き、直径10センチほどになった。切らないと本家から借りた畑の日当たりの邪魔になるから切った。手で折れるほどの細い枝は手で折り、サツマイモを作る予定のところに放る。薪になるものは、軽トラックで近づけるあたりまで放り投げる。
 5時で終わりにし、帰宅。風呂。6時10分から英語のレッスン。休み二人。ももさんとミッフィーさん。
 11時前にレッスン終了。
 教材づくりやる。
 

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