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議事録をしっかりさせること・議事を区民に積極的に知らせること・規約を作るべきこと
09/03/04
12常会協議員・根石吉久
後であれを言い忘れたということが多かったり、その場ですぐに判断ができず、後になってああいうべきだったということが多いので、今回はあらかじめ書いておいて、協議員の皆さんに読んでいただくことにしました。
・協議員会の議事録がきちんと整えられなければ、新しく協議員になった人たちが、前年までにどんな協議がなされたのかがわからない。議事録を整え、年度が変わる際に協議員に配布されるべきである。
・総会について。前回の協議員会で、区長が「総会はセレモニーだ」と発言した。総会は、議決のためのものであり、役員同士でほめあいをやるセレモニーなんかではない。総会=セレモニー説はとんでもなく転倒した考えだが、それが当たり前のように区長の口から出てくる。総会に旧来の区民の出席が多く、新しい区民の参加が少ないのは、こういう転倒した考えにも原因がある。
・協議員会で話されたことを区民に積極的に知らせる姿勢が区長にない。寄り合いのない常会では、協議員は協議員会の話の内容を常会員に知らせるための手段がない。せっかく各戸配布の「鋳物師屋新聞」があるのに、協議員会で何が話されたのかはほとんど掲載されない。
・区長がしゃべり、協議員たちが黙っていれば、区長のしゃべったことが議決として「承認された」とする議事進行法がある。異議はないかと確認するだけでなく、大事なことがらに関しては、記名にせよ無記名にせよ、投票によって議決し、票数を総会で公開すべきである。
・投票は無記名が望ましい。疑問が残ることがらに関しては、協議員は遠慮なく「承認しない」を選ぶべきであり、再度協議に入るべきである。事情がよくわからないからなんとなく黙っていたら、「承認された」にされてしまったというのが、これまでの実態である。
・協議員会とは別に、委員会(エレベーター設置委員会等)を作ることの問題点。ほっぺた回しの協議員なんかに村のことが決められるはずがないという考えか。その考えには一理あるが、新しく住みついた住人も、旧来の区民と同額の区費を納めている以上、委員会から協議員会に議事内容の報告がなされるべきである。その報告がないままだと、協議員は委員会の議事内容に関して判断するための材料が得られない。材料がないので判断を保留していると、ものごとがよくわからないままでも(私がそうだった)、委員会や区長の判断を「承認した」とされる。だんだんとはっきりわかってきたのは、協議員会は骨抜きにされているということだった。勝手に「承認した」とされてしまうのであれば、協議も何もあったもんではない。
ほっぺた回しの協議員なんかに村のことはわからないから、協議員会を骨抜きにし、各種委員会を作って、大事なことはそっちで決めるというなら、協議員に村の祭を手伝わせるようなこともやめるがいい。協議員は協議するのが仕事であり、村の祭りの手伝いや消防訓練などするのが本来の仕事ではないはずだ。
・緊急な場合以外は、必要な説明をし、議事を提示しておいて、次回の協議員会で協議するというゆっくりした進め方でいいはずである。ものごとがよくわからないまま、「承認した」とされると気味が悪い。この気味の悪さが、この一年を通じて感じ続けたものである。
・協議員会開催の前に、区長が協議員宅を回り、招集状を配っている。せっかくそれだけの手間をかけるのなら、手書きでもいいから前回の議事の記録も配るべきだと提案したことがあった。あらかじめおおざっぱな記録を配っておいて、協議員会で議事事項の確認や遺漏の有無の確認をし、協議員たちの承認を経て、議事録として固定すべきだと提言した。「わかりました」という区長の言葉があったが、あらかじめ前回の議事が配布され、それが協議員会で確認された後に承認されたということは、その後一度もなかった。確認や承認を経ないまま議事録が固定されるなら、執行部の恣意により議事録が好きなように作られる可能性がある。とりわけ、区民に積極的に知らせる姿勢がない区長の代には、その可能性がある。
・エレベーター設置に関して、区民に疑問が生じ、協議員が事情を聞かれても、協議員自身が詳しいことは何も知らされていないという事態があった。区民にきちんと知らせるという姿勢を欠いたまま、区長はエレベーター問題は「前区長の独断と偏見が招いたことだ」とした。自分が代理区長として一緒に動かした区政から生じた問題だという認識がまるで欠けていた。前区長一人を悪者に仕立てて、ことを済ませようとした姿勢が、一年の協議員会に出席して最も不愉快なことであった。
一切が前区長のせいであり、自分にはまるで責任がないかのような「独断と偏見」発言はきちんと議事録に残されるべきである。そうしなければ、協議員会での発言がただの陰口になり、前区長に反論の余地はまるで残されなくなってしまう。そのことで、「前区長に全責任あり」が協議員会によって承認されてしまうことになる。こんなやり方の方が、はるかに「独断と偏見」と呼ばれるべきではないか。
・前区長に問題がなかったというのではない。すべて前区長が悪く、自分は悪くないというふるまいが不快なのである。ろくな議事録も残されないから、こんなひったるんだふるまいがまかり通る。言行が議事録に残るという覚悟がないから、あんな不快な発言があったのである。まともな議事録がないことが、区政をひったるんだものにしているのである。
・鋳物師屋区の規約を作るべきである。協議員会でよく話し合い、総会で区民の承認を得た規約が存在すべきである。規約の改定も、最終的には区民総会で承認を得るべきである。総会で区民の承認を得た規約がない限り、協議員会など「協議」という骨抜きの形式を整えるためのカイライにすぎない。協議員会の位置づけ、議事の承認方法、議事録の残し方、議事録の公開性の確保などを規約できちんとさせなければ、区長の判断がそのまま議事の結果になるという悪弊は止まらない。黙っていたら、「承認した」とされる気味の悪さは止まらない。
・ごみ処理施設建設計画をめぐって、中区に生じた問題の根は、歴代区長たちが積極的に区民に説明することをしなかったことにあった。もし鋳物師屋で事が起これば、同じ問題が生じるだろう。村に規約が存在することにおいては、鋳物師屋より中区の方がはるかに優れている。この規約が存在したことにより、区民総会で中区は区民の総意を形成することができた。鋳物師屋区政はこの点において、まったくのぐずぐずである。
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